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土山ろまん第14号

後世に残そう美しい町並み 歴史の道百選から (表紙)


片山神社の前の石畳の道を上り、一号線を越えて、芭蕉の句碑を過ぎると、道はさらに険しさを増す。巨きな岩に巻きついた木の根が蛇のようで不気味だ。岩のかけらと落ち葉で覆われた道を辿ると、石垣なども少し残っていて古道の趣をかもしだす。昔の大名行列や馬に乗った旅人達もこんな急な坂道を登ったのだろうか。この上の方には昔、山賊がたむろしていた鏡のような岩があって、歩いている自分の姿も写っているのかもしれない。やがて道は平坦になり、うっそうとした森の中に入る。中ほどに尾根道との分かれがあり、ここは昔、田村神社が在ったところという。今は住む人も無いが、茶店があったという頃もあったらしい。やがて森を抜けると一面の茶畑に出、視界が開ける。遠くの山並を背景に万人講灯籠が浮かび上がってくる。


関から土山にかけての東海道が文化庁の「歴史の道百選」に選ばれました。特に鈴鹿峠付近は昔日の姿をよく伝えていて、各地からやってくる東海道ファンには人気があるようです。昔のものだからというだけで珍重する訳ではありませんが、世の中の全てのものが進歩し、変わっていく中で、何も変わらないというのも一つの価値かも知れません。よそから来た人達が土山の町並みを見て心が落ち着くと言われるのもそういった意味でのことでしょう。土山のまちも日毎に変わり、移ろっていく訳ですが、それでもまだまだ原風景のようなものを残しているのではないでしょうか。私達の近くの町でも、外国かと錯覚するような、けばけばしい風景が多くなっている今日この頃、調和のとれたやさしい町並み、美しい町を守っていくのは土山の町に課せられた責務にさえなりつつあるようです。


万人講灯籠 岩のかけらと落ち葉で覆われた道

つちやまの文学碑めぐり 歌碑・句碑調査より (2面、3面)


猪鼻にある大高源五の句碑 頓宮にある斎王の里の字標

みなさんは一号線の猪鼻のバス停の前に大きな石碑があるのをご存知でしょうか?


いの花や早稲のもまるる山おろし 子葉


と記されていますが、これは赤穂浪士の一人、大高源五の句で、子葉とは彼の俳号なのです。討入りまでは大阪の呉服商、脇屋新兵衛と名乗り、吉良邸を探索していたので有名です。おそらく、江戸と大阪を往復していた頃に、猪鼻を通った時に詠んだ句なのでありましょう。討入りの後、松平家に預けられ、翌年、三十二歳の若さで切腹したことは周知の通りです。


さて一号線を西に進みますと、新前野のバス停に二年前に建立された「斎王の里、頓宮」と書いた字標があります。この裏には平安期の歌人で三十六歌仙のひとり、斎宮女御の歌


世にふればまたも越えけり鈴鹿山 昔の今になるにやあるらん


が記されています。昔、天皇の代が替わる度に若い未婚の内親王が斎王として伊勢の斎宮に遣わされました。この斎宮女御徽子は自分自身が斎王となったばかりでなく、娘がまた斎王となったときに密かに同行したので、二度、鈴鹿山を越えると歌っているのです。


今度は少し山辺に入ってみましょう。山女原の上林神社は紅葉が綺麗なところですが、この参道の入り口には松永貞徳の句碑が建っています。


川音に夏の夜ながき旅ねかな


貞徳は京都の人です。幼い頃から聡明で、歌学を細川の殿様の幽斎に学び、俳諧を広め、その法式を明らかにし、近世俳諧の祖と呼ばれます。この句は天正十一年といいますから、織田信長が本能寺で討たれた翌年の事ですが、鈴鹿峠が塞がれてしまった為に、貞徳が安楽越えをしたときに、山女原で泊まったときに詠んだ句です。


「行く河の流れは絶えずしてしかももとの水におらず」とは、有名な方丈記の出だしですが、この作者の鴨長明の歌碑が大野公民館の前に建っています。このあたりから北を見ると美しい布引山が望まれますが、その山を詠んだ歌で、


あらしふく雲のはたでのぬきうすみ むらぎえ渡る布引の山


鴨長明は鎌倉時代の歌人、評論家で、その名からも判るように、もともとは賀茂神社の神官でありました。その職を辞して五十歳の時に出家したのですが、伝えられるところでは、JRバスの水口営業所前にある大岡寺で得度したという事です。


土山には外にも芭蕉さんをはじめ、いろいろな人の文学碑があちらこちらに建っています。先人の残してくれた文化を大切にし、後世に伝えていきたいものです。出来れば今後、文学碑として建てていきたいものをいくつか挙げて、この項を終わります。


鈴鹿山憂き世よそにふりすてて いかになりゆくわが身なるらん 西行法師


近江なるいく野の村の茶屋見れば まだ売りもせぬ飴のねりたて 楽阿弥


「小倉日記」 十時三雲に至り、車を下る。雨中人力車を 倩ひて出づ。午時土山常明寺に至る。 森 鷗外


山女原にある松永貞徳の句碑 大野にある鴨長明の歌碑
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土山の町並みを愛する会

Author:土山の町並みを愛する会

東海道の宿場として栄えてきた土山の歴史と文化がなくなっていく現状をなんとかくいとめられないかと東海道五十三次シンポジウムや村おこしの参加者らが、発起人となり設立しました。土山らしい町並みの創造に向け広報、研修等に取り組んでいます。

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