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土山ろまん第13号

土山の国学者 丹羽桃丸のこと (3面)


前野の地安寺の御影堂の前に小さな石碑があるのをご存知でしょうか。この碑には丹羽桃丸翁(本名:丹羽重治郎)の辞世が刻まれています。


「今死る損徳なかりけり 生まれぬ先のむかし思えば」


桃丸翁は享保五年(1720)に松野尾村で医者を営む丹羽家の四男として生まれ、幼少より学問に励み、京都へ出て国学を学びました。五十六才の時、事情により江戸へ出て、幾多の著書を執筆、国学者の地位を確立しました。また、京都の頃より、「古事記伝」で有名な本居宣長とも交友を結んでいたようです。


桃丸翁の著書には「蜻蛉の道草」や「旅の袖日記」など多数ありますが、現在、東北大学付属図書館にて保存されているようです。また彼は絵画にも秀でていたようで、文章や手紙の中に多くの絵が使われています。ここに紹介した絵は松野尾川の渡し場の風景を写生したものです。


桃丸翁の墓は東京根岸の円光寺にあり、そこにも前野にある辞世とほぼ同じものが刻まれた石碑があります。また丹羽家の親族の法名が地安寺の過去帳にあり、桃丸翁の写した丹羽家の家系図と一致しています。また桃丸翁と親交の深かった人に頓宮村の前野和友という方が居られたようで、このあたりからも桃丸翁のことが判ればと調査中です。


地安寺の石碑 松野尾川の渡し場の風景
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土山の町並みを愛する会

Author:土山の町並みを愛する会

東海道の宿場として栄えてきた土山の歴史と文化がなくなっていく現状をなんとかくいとめられないかと東海道五十三次シンポジウムや村おこしの参加者らが、発起人となり設立しました。土山らしい町並みの創造に向け広報、研修等に取り組んでいます。

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