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土山ろまん第11号

みよし赤甫亭(せきほてい) (表紙)


「おかみさん、あんたもうちょっと赤甫の研究をしとかなあかんでー、と来られたお客さんに言われます。またすこし俳句に興味のあるような人は、料理の下に敷いてある紙に思い付いた句を書いて帰られます。」と、赤甫亭のおかみさんが話されるように、三好赤甫は俳句を愛する人の中ではなかなか有名です。それも地元の土山ではそれほどでもないのに、京都あたりで名が高いというのも面白いものです。


赤甫さんは大野で代々魚屋を営む三好家の長男として、寛政十年(1798)に生まれました。普通ならば商売に励んで穏やかに暮らすところを、俳句への思い如何ともしがたく、常明寺の虚白禅師に師事して俳句の教えを受け、やがて虚白さんが京都の東福寺に移り住むや、家業を妻子に託し、また老いた父母を残し、師の後を追って故郷を後にしたのです。その時の句に「うぐいすや早苗に影を落としいく」とあり、現在、若王寺の境内に句碑が建っています。


京に出た赤甫さんは文人墨客と交流を深め、三十余年の間、俳句の研究に没頭し、句集「窓あかり」など何編もの名著を残し、俳壇に立つ人々に高く評価されました。晩年になって郷里に帰り、近在の子弟に文学の道を教え、明治五年(1872)に亡くなられました。


その赤甫さんの生家の魚屋さんが今も続く「みよし」さんです。おかみさんが小学生のころ、赤甫を偲ぶ百年祭があり、句碑の除幕をされたのですが、当時はどんな人かも知らず、そんな偉い人とは思いもしなかったそうです。今年三月、今の店を新築された時、赤甫さんの名を取り入れ「みよし赤甫亭」と名付けられたのですが、今まで「みよしさん」と呼んでいた近所のおばちゃんも、今では「赤甫亭」と呼んでくれるようになったそうです。


学校で教わる歴史も大切ですが、こんな小さな郷土の歴史もまた大切なものです。虚白さんって誰?赤甫さんって誰?って子どもが尋ねてくる。それをきちんと教えてやれる、それが郷土を愛することにつながるのではないでしょうか。


みよし赤甫亭
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Author:土山の町並みを愛する会

東海道の宿場として栄えてきた土山の歴史と文化がなくなっていく現状をなんとかくいとめられないかと東海道五十三次シンポジウムや村おこしの参加者らが、発起人となり設立しました。土山らしい町並みの創造に向け広報、研修等に取り組んでいます。

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