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土山ろまん第7号

みんなで育てる美しいまち (表紙)


バブル経済の崩壊とは関係なく、堅実な暮らしを守っているわが土山町では、相変わらずあちらこちらで建築が盛んなようです。見て行くと、都会にあってもおかしくないようなモダンな建築がある反面、街道の情緒を忍ばせる工夫のあるものも増えて来ました。


建物だけでなく、家の周囲も殺風景なブロック塀ばかりでなく、竹垣や生垣などで風情を醸しだしている所も多くなって来たようです。折も折、今年の四月から「土山の風景と環境を守り育てる条例」で、景観対策の補助金が出るようになりました。これは土山にふさわしい建築物の修景や、生垣などの緑化をする時に、前もって役場に届け出て、その指導を受ければ、費用の1/10を補助して貰える制度です。但し、適用地域や最高補助額が細かく分れていますので一律にとはいかないのが残念です。


この適用を受けて、土山の前田製茶本舗が、以前からあったコンクリートの外壁が街道の景観になじまないと取り除き、代わりに旧来の屋根を綺麗にし、庇を張り出し、内部も一新する改造に取り組んでおられます。もう暫くすれば街道情緒豊かなすてきなお茶屋さんが姿を見せる事でしょう。


そのお茶屋さんの斜め前、土山久司邸では駐車場の前面に洒落た塀を建築中。ブロック塀や波板の塀などとは一味違い、なかなか風情があるようです。


このように徐々にではあっても、美しい町が育っていくのは非常に楽しいことです。


皆さんも新築や増改築の折には、ちょっと景観という事を考えてみてはいかがでしょうか。


土山久司邸と前田製茶本舗

広重の五十三次は盗作だった!? (2面)


安藤広重の版画東海道五十三次はあまりにも有名である。ところが、その構図とそっくりな肉筆画が伊豆高原美術館によって初めて公開された。作者は広重より五十才年上で日本で初めて版画の技法を取り入れたとして江戸絵画史上特異的存在として有名な司馬江漢である。この事実がある機関紙で報道され、絵ハガキが発行されているという事なので、早速取り寄せて比べてみた。なるほど江漢のはタテ型で広重のは横型であるが、五十五枚中五十二枚は構図が同じといっても過言ではない程そっくりで、登場人物の姿形までそっくりである。当時は今の様に著作権をとやかくいう風習はあまりなかった様で、模写や盗作は日常茶飯事だった様だが、広重の独創的創作として世界から注目されて来た作品なので絵画史上大問題であろう。従来から、広重の五十三次についてはいろいろと疑問が持たれていた。例えば旅の時季と風景の不一致が、「春の雨」や「雪の蒲原」などに見られる。


又、東海道名所図会(寛政九年=広重の生まれた年=刊行)や伊勢参宮名所図会(寛政九年刊行)を参考にしたと言われてきたが、それらと江漢の関わりはどうなのだろうか? 又何故、今迄この絵がかくされていたのか? 江漢自身、美人画で著名な鈴木春信の死後、彼の偽作を版刻していたという事実もある。


もっとくわしく知りたい方は、伊豆高原美術館(伊東市富戸字水口1101-1 TEL 0557-51-3777)へお出掛け下さい。


広重の土山 広重の水口 広重の関

広重(左より土山、水口、関)


江漢の土山 江漢の水口 江漢の関

江漢(左より土山、水口、関)

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土山の町並みを愛する会

Author:土山の町並みを愛する会

東海道の宿場として栄えてきた土山の歴史と文化がなくなっていく現状をなんとかくいとめられないかと東海道五十三次シンポジウムや村おこしの参加者らが、発起人となり設立しました。土山らしい町並みの創造に向け広報、研修等に取り組んでいます。

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